Q.進路のことは子どもに任せてあります。この子の人生ですから、この子が行きたいという学校を選べば、それでいいと思っています。先生、どうでしょうか?(中学生・女子)
A.ご相談を伺う限り、お子さんが自分の人生を自分で考える、ということですから、結構なことではないでしょうか。何ら異論を申し上げることはありません。ごもっともなことと考えます。ただ、お母さんのご発言をお聞きするだけでは分からないことがあります。それは「お母さんの考え」です。
進路をお子さんに任せる、と言った場合、大きく3段階に分けて考えられます。まず第1段階ですが、お子さんと保護者の方の意見が一致する場合です。この場合は反対意見がありませんから、事はスムーズに進みます。そのことは容易に想像できるでしょう。それは、たとえ外部に反対者がいても(学校で志望校変更を仄めかされるなど…)です。
次に第2段階は、お子さんと保護者の方の意見が一致しない場合です。この場合は、どちらかが意見を引っ込めないといけません。ここでは、お子さんに任せる流れを見ていますから、保護者の方が譲歩する場合を考えます。その場合、保護者の方には譲歩するための動機が必要とされます。自分のお子さんのことですから、無条件に譲歩とはなかなかいきません。保護者の方の納得できる動機が求められるのです。
例えばご家庭で、保護者の方がお子さんに進路を選んだ理由を聞くと、はっきりとした返事が返ってきたとしましょう。自分は機械いじりが好きだから工業系の高校へ進みたい、とお子さんが言って、しかもそれに熱意がこもっていれば、普通科を希望していた保護者の方も、納得して譲歩される場合があります。これを積極的譲歩と呼ぶことにしましょう。
それに対して、積極的でない譲歩というものが存在するようです。それは、自分の子どもの志望動機には到底納得できないものの、やむなく譲歩してしまった、という状況です。具体的にはどういったことでしょうか。例えば、勉強好きではないから、なるべく負担の少なそうな学校を選んだ、などです。それに対して保護者の方が意見をはさもうとすると、「そんなに言うなら高校へ行かない」など、事態の悪化を招きかねない場合もあると推察されます。
この段階では、保護者の方がお子さんに納得できる動機を求めることや、冷静な話し合いをすることが相当困難になります。自分の進路への心の準備が不十分なお子さんほど、自分の中の脆い壁を壊されまいと、頑なに抵抗を試みます。保護者の方が動けば動くほど八方塞がりになる場合もあって、お子さんへの積極的な働きかけは次第に少なくなっていき、最後は保護者の方が譲歩され、外見では「子どもに任せてある状態」となります。こちらの方は消極的譲歩と呼ぶことにします。
先のご相談の「お母さんの考え」に戻りましょう。第1段階から第3段階までをごらんいただければ、お母さんがお子さんの考えに賛成か反対かは大きな問題ではないことがお分かりでしょう。肝心と思われるのは、お母さんが反対の場合の「譲歩のしかた」です。ご相談をお伺いして、このお母さんはどうやら第3段階の消極的譲歩をなさった、と見受けられました。
保護者の方がお子さんに望まれるのは、健やかな成長であるということを否定される方はいらっしゃらないでしょう。それを実現させるためのひとつに進路の決定も含まれていると捉えるならば、お子さんも保護者の方もそのことから目を背ける理由はありません。要は、このお母さんもそのような思いでお子さんの進路に関わっていると実感されるがどうかが大事なところではないでしょうか。
ところで、進路の決定のスタイルはもちろんこれだけではありません。その中には、先の第3段階のすっきりしない状況を好転させるヒントが隠されているかもしれません。ここで採り上げています分類でも、いわば第4段階というものも存在しているようです。それについては、まず以下のご相談をごらん下さい。
Q.子どもはまだ将来のことが分かっていません。この子が自分で判断ができるまでは親が道筋をつけてあげるのが役目だと思うんです。可能性を見極めて、できれば受験に挑戦させようと考えています。(小学生・男子)
A.上の事例とは対極的ですね。まず、小学生のお子さんが、まだ「将来のことが分かっていない」というのはあらかたその通りでしょう。それを身に付けるだけの学びの期間をまだ経験していないからです。最近は小学生のお子さんが、大人に混じってテレビの中で活躍するのをやたら目にしますが、かといって子ども店長に車の性能をたずねても、セリフ以外の答は期待できないでしょう。
身に付けた情報量やさまざまな場面の経験値が、お子さんと保護者の方では圧倒的に違います。そして、それをお子さんの判断・行動の制約の理由とするかどうかも、ご家庭によって違います。前段で、お子さんに進路を任せる3段階について触れましたが、ここからは、進路を決める主体が保護者の方位置する第4段階について触れながら、ご相談の件について考えてみましょう。
まずこのような事例では、始めに結論ありきとなりがちです。保護者の方の考えが基準となりますから、その点でははっきりしています。外遊びの好きな活発なこのお子さんは、勉強と遊びのバランスを自分でとっています。(時には遊びに傾くこともあるのですが…)それも成長のひとつの方法でしょうが、お母さんは「大人になるためにはもっと勉強が必要」と進学のための受験をお子さんに勧めるお考えのようです。
この場合でも、お子さんがお母さんの考えといっしょならば何も困ることはありません。このまま進められればいいでしょう。一方、これ以上あまり学習量を増やしたくないと思いながらも、保護者の話を聞いて十分納得されるならば、これまで以上の学習に取り組むプログラムを実践していけばいいでしょう。お察しでしょうが、問題となるのはお子さんが消極的譲歩で保護者の方の気持ちに近寄っていった場合です。
その場合難しいのが、いったいお子さんは積極的に譲歩したのか、消極的な譲歩をしたのかが分かりにくいことです。子どもが同意したから受験をした、あるいは親が勧める高校へ進学したなど様々な事例がありますが、後から反動が来る場合があります。内心では消極的譲歩だった場合、中学受験の例ですと合否に関わらずその後、学習意欲が大幅に減退したり、高校進学では「本当は違う高校を考えていたのに…」と事態が思わぬ方向へ発展してしまう、などと後に影響が残ることも少なくないようです。
ここでは、「意見の不一致」から「一方が譲歩」の構図を見ていますが、その先はどうでしょう。「意見の不一致」から「双方の対立」という場合が考えられます。詳細を省いて例をあげますと、勉強とスポーツを両立させながら楽しい高校生活を望むお子さんと、厳しい規律のある学校で人格の形成に重きを置く保護者の方の間に自己の主張を曲げる余地はないとします。進路の話題になると、どうしても対立の構図が生まれます。
そこで、もしお子さんが自分の進路計画には協力してもらえず実現不可能、と結論づけて、やはり学習意欲が減退したり、場合によっては生活面が乱れたりしたとなるとどうでしょうか。意見を一切除いて申し上げて、お子さんの将来を望むお母さんの言動が、お子さんの現在の言動を損なっているという事実が存在する、ということになります。お母さんの描くお子さんの将来像に近づく状況とは違います。
最初に申し上げた通り、お子さんの進路を決めるのはお子さんの役割です。それをサポートするのが、保護者の方をはじめとする周りの大人の役割と考えます。(確かに、保護者の方以外に進路に関わる大人は、学校の先生をはじめとして大勢存在しますが、ここでは話が複雑にならないよう割愛致しました。また、別の機会でお伝えいたします。)サポートの距離は、そのお子さんによって異なりますが、共通するのは「最後は自分で決めた」とお子さんが自覚をもって進路に向き合えることでしょう。
また、サポートの仕方もひと工夫でお子さんの受け取り方が変わります。例えば「いい学校へ行ってね。」と思いを伝えたいのなら、「あの学校は高校から3人に1人は国立大学へ行ってるんだって。あなたが言ってた○○大学も可能性が出てくるね。あなたの希望がかなうのを見るの、お母さんは嬉しいな。」と伝えると、お子さんは具体的なイメージを持って進路を考えます。
あるいは、「公務員は安定するけど、倍率が高いから難しいよ。」よりも「△△ちゃんは、学校の先生になりたいって言ってたね。倍率は高いって言うけど、最近は採用人数も増えているから、少し門が広くなってるみたいよ。お母さん調べてみたけど、広島県の採用試験の倍率、3年前は7.5倍だったのが今年は5.0倍に下がっているよ。あなたが本気だったらお母さん本気で応援するよ。」と、親子で情報を共有する雰囲気がご家庭で広がれば、お子さんも進路について関心を広げていくでしょうし、保護者の方の意見にも耳を傾けるやすくなるのではと考えます。