例年より春への歩みを早めていた3月の気候は、少しばかりの「停滞」というシナリオが加えられました。「そろそろもういいかな…」と買い控えていたストーブの灯油も相当の買い足しを必要としました。日増しに長くなっていく昼の長さの中にも、「冬」は消えないで残っているようでした。
本題に入りますが、春分の日だった今月21日は心に残る日となりました。この日はかつての教え子の結婚式に招かれたのでした。1984年生まれの教え子ですから、もう6・7年前に授業をした生徒さんということになります。当時から人への思いやりのある子で、それでいてはじけんばかりの元気さで周りを明るくしてくれていました。彼女に不快感を持つ人はいなかったでしょう。
彼女が新婦となる当日、式場には多くの彼女の友人が駆けつけていました。その方たちからも元気があふれかえり、式場を「元気玉」となってあちこち飛び交っているようでした。熱気というよりは、柔らかな暖かさに包まれた空間の中で、式はサプライズをふんだんに交えて、笑いあり涙ありで進行していきました。
そのサプライズは思わぬ形で自らが味わうこととなりました。アドリブのインタビューがいろいろな方に向けられていましたが、質問の単語が「学生時代」「当時の様子」「勉強」「塾」とキーワード検索がだんだんとこちらに近づいてきます。そして、インタビュアーが出席していた教え子から「青葉学習館」という言葉を引き出した後、私と板井はその教え子とともに壇上に上げられていました。
「予想外」などというものではありませんでした。「知っていたら、ビールだって飲まないでいたのに…」などと、我ながら低次元なことに思いをはせながら、何が起こるのか分からない壇上に立ちました。そこで行われたことは、なんと私たちへの「花束贈呈」だったのです。彼女が青葉学習館へ在籍していた時のお礼を表してくれたのですが、思いもよらない展開で気恥ずかしさやうれしさが入り交じっていました。「そう、こうやって彼女はいつも巻き込んでいた。」と気づいたのは後のことでした。
その後も披露パーティーは続いていきました。突然、新郎新婦の立つ後ろの扉がカーテンとともにさーっと開きました。後ろのガーデンにはデザートバイキングの用意がされています。屋内には青空から届く光とともに、春分の日の風が入ってきました。もうそれは「冬」の風ではありませんでした。再び春の歩みを始めた3月の気候に今度は「招福玉」が舞い降りてきて、笑顔に満ちた空間を舞い、一斉に放たれた風船とともに空一面に広がっていきました。そんな感じのする空間でした。この空間に、自分もいることができたことを幸せなことに感じています。(デザートバイキングに、ご婦人方の列ができたのはいうまでもありません。)
<お二人へ>
おめでとう。二人で信頼し合って支え合って、幸せな家庭を築いて下さい。
(07.3.23)