イソップ童話に「北風と太陽」のお話があります。旅人の着物を脱がせるのに、北風は「ビューッ!」と強い風を吹きつけ、太陽はポカポカと暖かく照らしました。旅人が着物を脱いだのは、力ずくの方法を取らなかった太陽によってでした、というあのお話です。もしも、このお話に続きがあったらどうなっているでしょう。
ここからは架空のストーリーです。
◆第一話 「こんなはずでは…」
旅人「やっぱり暖かいといいな。さっきまで北風に吹かれていたからよけいに暖かく感じるよ。太陽さん、あなたがボクを照らしてくれたんだね?うれしいなぁ。ありがとう。」
太陽「いいえ、どういたしまして。私はここで地面を照らしているだけだよ。特別なことをしてるわけじゃないから気にしないで。」
控えめな太陽は自分のことを自慢したりはしません。それでもやっぱり感謝の言葉をかけられて嬉しくないわけがありません。旅人にもっと喜んでもらおうと力を入れて地面を照らし続けました。気温がどんどん上昇してきました。ジリジリと照りつける日ざしが旅人に降り注ぎます。
ちょっと前まで北風に冷たい風を吹き付けられて、身をかがめていた旅人に周りの景色を見る余裕などありませんでした。しかし今見てみると、少し先にきれいな川が流れているではありませんか。旅人は着物を全部脱ぎすてると、近くの川へ水浴びにいきました。
旅人は楽しそうに水浴びをしています。その様子を見て太陽も嬉しそうです。気がつけば、先程までいた北風の姿がありません。いつの間にかいなくなっていました。そして地上では暖かで穏やかな光景が続いていくことと予想されていました。ところが、気温がちょっと上がりすぎたのでしょうか、暖かさよりも暑さを感じる気温になってきました。
水浴びを楽しんでいる旅人はごきげんです。自分が北風に冷たい風を吹き付けられていたことなどすっかり忘れていました。そうして、そろそろ水浴びにもあきて川から上がって着物を着ようとすると、気温がさっきよりも高くなってきていることが気になってきました。
旅人「太陽さん?」
太陽「何だい?」
旅人「ちょっと暑いんだけど…」
太陽「おお、そうかい。それは悪かった。ちよっと力を抑えよう。」
太陽は地面を照らす力をゆるめました。しかし一度熱を帯びた地面の温度はそう簡単には下がりません。相変わらず辺りは首すじから汗がにじみ出てくるような暑さを感じる気温が続いています。旅人はだんだんと不機嫌な表情になってきました。
旅人「暑いなあ。これじゃ水浴びしたって、またすぐに汗をかいちゃうよ。なんか気分悪くなってきたなあ。ねえ太陽さん、これってあなたのせい?」
太陽「そ、そんな!私は旅人さんに喜んでもらおうと地面を照らしているんだよ。不愉快にさせるつもりなんて、つゆほどもないのだが…」
旅人は軽い気持ちで愚痴を言ったつもりでした。「ちょっと言い過ぎているかな?」と心の中では思ったりもしました。しかし、太陽が飾ることなく返事するのを聞いていると、自分でも何だか分からず、イライラした気持ちが心の中に広がっていくのを感じるのでした。そして会話は思わぬ方向へ展開していきます。
旅人「太陽さん、あなたは最初に『特別なことはしていない』って言ってたじゃない。それを恩着せがましく言われちゃこまるなあ。それにさあ、あなたがとった行為でボクが暑い思いをしているのは事実なんだから、それに対しては責任があるんじゃない?」
太陽「旅人さんがそう言うのなら、その通りだろう。暑い思いをさせて悪かった。それで私はどうしたらいいんだい?」
旅人「そうだなあ?…うん、そういえばさっきからのどがカラカラなんだった。そうだ、太陽さんには冷たいジュースを持ってきてもらおうか。でもボクは天然のオレンジジュースしか飲まないから、それ以外はイヤだよ。」
太陽はとても悲しい気持ちになっていました。太陽だって喜んだり悲しんだりするのです。涙だって流しもします。一粒の涙が太陽の目からこぼれ落ちて地面へと落下していきました。地面では、まるでバケツをひっくり返したような大雨です。真っ青に晴れ渡った空から降ってきた雨は一瞬の内に地面をぬらし、旅人もびしょぬれです。
旅人「な、何をするんだ!着物がびしょぬれじゃないか。こんなことまでして、それでも何もしてないってあなた言い張るつもりなのか?」
太陽「す、すまない…」
旅人「あやまって済ませようと思っているのかい?そんな簡単に済ませられることじゃないと思うんだけどなあ。まずさあ、さっき言ったジュース持ってきてくれないと気が済まないんだよね。ああ、それとお腹もちょっとすいてきたからフルーツが食べたくなってきたな。太陽さん、もちろんいいよね。それが誠意っていうもんだよね?うーん、今食べたいのはメロンかな。もちろん高級なやつね。分かったら急いで用意してきてくれないかな?太陽さんがいなくなると寒くなるだろうから、それもいやだからね。太陽さんだってボクにそんな思いさせるのはもういやでしょ?じゃあ、よろしくね!」
旅人の言葉を聞いた太陽には、もう悲しいとか悔しいとかそんな思いはまったく湧き起こってきませんでした。「何で、こんなことになるんだろう?」そんな気持ちさえ起きません。太陽の心の中にあるのは空っぽの空間だけ。何も考える気がおきません。太陽はそんな空っぽの気持ちのまま、旅人のいるその場から離れていったのでした。
どこをどう進んできたのか覚えていません。気がつくと太陽は北の空へやってきていました。見下ろせば、そこには雪におおわれた冷たい平原が辺り一面に広がっています。太陽は弱々しい光を放ちながらその平原の上をさらに北へ進んでいきます。すると、目の前にまるで切り立ったような険しく高い山がいくつも現れてきました。
その険しい山と山の間にある谷底を見下ろすと、誰かいる気配がします。太陽は目をこらしてそちらの方をジーッと見据えると、そこに見えたのはなんと見覚えのある顔です。太陽は思わずそちらへ向かって駆け寄っていきました。そして、その顔見知りの者に声をかけたのでした。
「北風さん!」
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1回完結のつもりで書いていたら、ストーリーがだんだん長くなってきてしまいました。こんなつもりはなかったのですが…。続きは近日中に掲載していく予定です。
(07.10.30)
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