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ちょっと休憩室で…

 

 

ホームページを気を入れて作ってみると、「こんなにエネルギーを使うものか」と実感しました。ささやかなサイトに過ぎないのですが、それでもです。

このページは、特にテーマを設けず、その時々のことをちょっと息を抜いて書き込ませていただく、という制作者が休憩させていただく勝手なページです。申し訳ありません。

 

 

 

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   未来から来た「自分」との対話
 

先日、中3の授業の中で話題になったことです。まず、生徒のみんなにこう問いかけました。「もし、未来の自分がタイムマシンに乗ってやってきて‘過去の自分’であるあなたたちに話しかけてきたとしたら、どんな会話のやりとりをしていると思いますか?」と…。ここで設定した未来とは4か月後です。来年の春を迎えた3月半ばの自分との対面、という想定です。

 

まず、普通はこのような想定はしないでしょうから「えっ?」とは思われたかもしれません。それでも、もともと入試の話題から広がったことでしたから、「これまで一生懸命勉強してきてくれてありがとう!」であったり、「何でもっと頑張っておいてくれなかったの?」といった類のメッセージが候補としてあげられたことでしょう。この時に印象的だったのが、生徒たちが「他人(ひと)事ではない」といった表情をしていたです。

 

それはそうでしょう。「自分」のことですから。現在ここにいるのも「自分」なら、何か月か先あるいは何年か先にそこに存在しているのも「自分」です。そして未来の自分から見たら、今ここにいる自分は過去の「自分」です。自分が何人もいるなんて考えると、わけが分からなくなりそうです。だからといって、今ここにいる「自分」以外の自分を別の人と思うこともできません。とても「他人」じゃないのです。

 

ふだんの生活では、誰しも「自分のことで精一杯。とても人のことまで考えられない。」という状態の時もあるかもしれません。この時は、自分が内側で他人が外側です。最低でも内側は守ろうという姿勢です。それが、外側にも自分がいるとしたらお手上げ状態です。防御の対象の外に存在しているのです。しかも時間軸も違うところに存在しています。まあこんなこと、まともに考えることってまずないでしょうから、ストレートに向き合うと最初に出迎えてくれるのは「パニック」だったりします。

 

このパニック状態から逃れるために「援護射撃」をしてくれるのが「今を大事に!」っていう考え方です。先の未来の自分との対話には取り方しだいで苦痛が伴うイメージがあります。その場合「将来の幸せのために、今は苦労しておきましょう」と言われているみたいで、お説教じみたにおいがしそうです。そこへ向けて「苦痛を感じるくらいなら、もっと今を楽しんだ方が自分のためになるのでは?…」と問いかけられると、思わず「その案採用!」の札をあげたくなることでしょう。

 

これで万事うまくいくのならそれでいいのでしょうが、心の片隅に未来で待っている自分のことが気になるのなら、パニックからの回避はできても解決はできていないことになるのでしょう。それは、今の自分の楽しみと未来の自分の楽しみが同じでない、という前提の上に成り立っているように思えます。「今と未来の楽しみの不一致」、そんなことが多くなってきているようにも思いますが、好適事例はチャンネルを回せば画面の向こうからたくさん提供してくれます。

 

「中身は違っているけれど、もうかるんだから売れるだけ売っちゃおう。」が今の楽しみでも、「ばれちゃったから、販売できなくなっちゃった。」は未来の楽しみにはなりません。「やっちゃいけないけど、ゴルフして美味しいもの食べよう。」が今の楽しみでも、「見つかったから、逮捕されちゃった。」だって未来の楽しみではないでしょう。まだまだありそうですが、きりがありません。

 

上に挙げたのは、今自分が楽したことが未来の自分には苦痛になっている例です。これを逆にすれば、今自分が苦労したおかげで未来の自分が楽になる、と置き換えることができます。この両者をもって「どっちがいい?」と二者選択を迫られている気分にもなりますが、本当にこれだけなんでしょうか?選択肢は他にはないのでしょうか?「今の自分も楽しいけれど、未来も自分も楽しくしている」というパターンです。

 

半年先の自分のために頑張っている今の自分を楽しいと感じることは無理でしょうか?今だろうと未来だろうと自分はこれがいい、これが楽しいというものを共有する、これができればいいでしょうし、3か月先の自分のために…、3週間先の自分のために…、明日の自分のために…、3時間後の自分の…、3分後の…と未来を限りなく今に近づけていくことが実感として可能な人には、意識しなくても「今を大切にする」という感覚が自ずと身についているように思われます。

 

今この瞬間、この刹那に思いを入れるということは、未来に思いを向け、過去に思いを馳せてここにいるということ……何かわかったようなことを書きはじめているみたいですから、そろそろこの辺りと致します。

 

生徒のみなさん、未来のあなたたちにはいったんお帰りいただきました。次に会う時はどんな対話になるでしょうか?今から楽しい会話を思い浮かべながら、今やることを坦々と行っておきましょう。

(07.11.17)

 

クョスコニョ    [1] 
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