穴の開いたコイン(五円玉のような)と糸があれば、簡単にできる実験があります。それは、理科の実験のイメージとはちょっと違います。集中力のトレーニングなどにも用いられるこの実験は、何の説明もなしに行うと不思議な感覚を体験します。先日も、空いた時間を使って生徒といっしょにやってみました。
方法を簡単に記しておきます。まず、糸を30pほどに切ってコインの穴に通し、しっかりと結びます。(当館では、コインの替わりに直径3pほどのカードリングを使っています。)次に、折り紙大の正方形の紙を用意し、紙の真ん中から十字になるよう10pほどの線を縦横に記しておきます。準備することはこれだけです。
ここからが実験です。先ほど用意した十字を書いた紙を机の上に置き、コインをつけた糸を人差し指に軽く巻き付けて、十字の真ん中の2〜3p上までコインを持ち上げて静止させます。このとき、コインをぶら下げた糸を支える腕が動かないよう、肘で支えるなど意識して固定させておくことが必要です。目の位置は、糸を巻き付けた指の真上に置くことが望ましいです。
この状態で、コインに意識を集中します。そして、コインが縦に揺れるイメージをしてコインをじっと見ていると、しだいにコインが前後に揺れ始めるのが分かります。さらに、もっと激しく揺れるイメージをすると本当にコインが振り子のように前後に激しく揺れていきます。もちろん腕は固定したままです。コインが静止することをイメージすると、やがてコインは十字の中央で静止します。
横の揺れの場合も同じです。イメージをすれば左右に動いていきますし、静止していきます。また、回転の動きも時計回り・反時計回りとイメージするように動いていきます。こうしたコインの振り子運動は、発見者の名前からシェブレルの振り子と呼ばれています。
自分の指に巻き付いたコインが、自らの意のままに動く様を目の当たりにした生徒は一様に驚いた様子を示します。面白がって何度もやる子もいますが、中には不気味がる子もいます。そうかもしれません。目の前のシーンがちょっと日常の感覚に入り込めるものではなく、まるで不思議な力に取りつかれたような気分になるのも分からなくはありません。
このコイン、どうやって動いているかというと、実は人が動かしています。コインの揺れるイメージをすると、それに合わせて指先や支えている腕が微妙に動いていきます。見た目には分からないくらいのわずかな動きですが、指や腕、さらに背骨や腰などの微妙な動きを総動員すると、動きが察知されることなくコインを揺らすくらいのことは難しくないようです。なにしろ、動かしている当の本人が気づかないくらいのわずかな動きなのですから。
この実験は、糸とコインがなくても行うことができます。それは「自分を振り子にする方法」で行います。一人の人に直立して目をつぶってもらいます。そしてブランコに乗っているイメージをしてもらうか、もっとイメージを膨らませて巨大な振り子の玉に乗っかっている自分を想像してもらいます。あとはコインのときと同じです。前後にイメージをすると、上半身が前後に揺れ始めます。「体は動かさない」と意識していてもです。(このときは、側に人がいるようにして、揺れのイメージで転倒などないよう配慮しておきます。)
こうやってみると、人の行動というのは実に素直なものだと感じます。持ち主の意思に沿うように身体は行動しようとしているわけで、実に分かりやすいことです。それを、たとえ自分の意思に反する行動をとろうとしても実験の通りになってしまいます。実際の日常生活の中では、自分の意思と行動が完全に一致している場面ばかりとは限りません。それを、一致しているように見せる術を身につけていったとしても、身体からは微弱ながら「不一致」のシグナルが発振されているわけです。「顔に書いてある」は、あながち根拠のないことではなさそうです。
感性の鋭い人は、この微弱なシグナルをキャッチすることに長けています。相手が言葉を発していなくても何かを感じ取っているようですし、ましてや言葉が発せられれば、それが意思と一致したものかどうか、グーグル解析顔負けに、膨大な解析情報を自然と自分の中に取り込んでいるようです。「心から……です。」「みなさんのことを思って……」(余計ですが、「安心」「改革」なんてのもありますが…)これらだって、表層の巧みなコーティングもあまり効果がなさそうです。
こうした鋭い感性の持ち主、就学年齢の人ならみなさんあてはまろうかと思います。これって、学習塾が毎日接している人たちのことになりますね。
(08.9.21)