「今言ったばかりなのに…」という場面に時折遭遇します。例えば、授業中に「じゃあ、78ページの3番の問題、(1)から(6)までやって下さい。」と生徒に指示をします。すると、5秒と経たないうちに質問が返ってきます。「先生、何番やるんですか?」と…。こういった類の場面を目にされたことはありませんか。少なからず同じような経験をされた方がいらっしゃるのではないでしょうか。
この現象をいったいどう理解したらいいのか、これが今回ちょっと気になっているところです。先の質問してきた生徒は、決してふざけているようには見えません。やんちゃではあっても授業には真面目に参加している生徒たちです。本当に何番か分からなくて質問してきているようです。そんな大きな教室でもなく、指示をした音声は間違いなく彼らの耳に届いています。それでも時折、質問をしてくるメンバーはローテーションでもあるかのように分散しながら、同じ質問を受けることになるのです。
指示を出す側の立場からすれば、短時間の間に同じことを2度言うわけです。時間が2倍かかることになりますし、エネルギーも2倍費やすことになります。これが結構あとからボディーブローのように効いてくるのです。そんなこともあって、何らかの対処法はないかと考えてみました。そして「伝達トレーニング」はどうだろうかと、現在中学生の授業の中に少し取り入れています。
大ざっぱには「伝言ゲーム」と言ってもいいだろうと思います。クラスを数人ずつのチームに分け、伝達の正確さを競い合います。用意しておいた簡単な文書の書かれた用紙を、各チームの先頭に見せます。そこからは後続のチームに口頭や筆記で伝達を伝えていきます。最後の人は聞き取った伝達を文書におこします。そして、それを順番に読み上げます。当初はこの瞬間に爆笑(失笑?)が発生していました。半分程度しか正確に伝わっていないのです。あまりの違いにゲラゲラとなるのです。
でもよく考えると、「笑えることことじゃないだろう」ということのはずです。伝えるべきことが伝わらないのですから。そして当然疑問は「誰?」ということになっていきます。素直な子たちですから、どこで情報がねじ曲がっていくのか、そのメカニズムを楽しそうに追究していきます。すると、「○○君でここが違って、△△さんでここが変わっていった。」と分かってきます。「すまん。オレがここで間違えた。」「おいおい、しっかりやろうや。」など即席で「反省会」が始まります。
自分の不確かな伝達が全体に影響を及ぼす、それを少しは実感できているのではないかと思います。そして、嬉しいのは伝達ミスの張本人も含めて「またやりたい。」と言ってくれることでしょう。「今度こそ、ちゃんと伝えます。」などと言って意欲満々です。以来、伝達方法に少し変化をつけながら、いくつかのパターンでトレーニングを続けています。
それ以来、確かに授業中の指示に聞き返しをしてくる回数は減ってきました。「聞く」ということを少し意識するようになってきたのかもしれません。それでも、全くなくなったわけではなく、忘れた頃に「先生、何番ですか?」と聞き返してきます。「根気強くやらなければ…」と改めて意識させられる瞬間です。
聞き返しをしてくるとき、その人はどんな状態なのでしょうか。もちろん「聞いていなかった」のは間違いのないことです。だから質問してきます。でも、「聞こえている」のに「聞いていない」状態です。意識は別のことに取られています。例えば、板書を写していてノートに集中していた、という場合もあるでしょう。この場合は指示する側にタイミングを工夫する余地があるでしょう。
ところが、よそ見をしているわけでもなく、私語が聞こえるわけでもなく、顔もこっちへ向いている状態で(しかも笑顔で!)、こちらから指示を出すと、「先生、何番ですか?」です。伝わっていたのはどうやら「先生が今、何かしゃべった」という音声認識だけです。そのあとで「何しゃべったんだろう?」という疑問が発生し「先生、何番ですか?」の質問になっているようなのです。ちょうど、玄関でチャイムが鳴って(第一段階)、「どなたですか?」と聞いて(第二段階)、相手を確認するのと似ているような気がします。
日常の生活の中では上の第一段階の、いわば「漠然とした認識」で過ごしていることが決して少なくないようです。例えば、中3生に模擬面接で校長先生のお名前をフルネームで問うと、最初は答えられない生徒も少なくありません。(校長先生には失礼なことかと思いますが…)ざっくりとした把握であっても困らないことが多くなってきているのかもしれません。一転して、正確な把握を求められる場面になると、先の伝言ゲームのように、情報伝達があらぬ方向へ行ってしまいます。
ざっくりと把握して、ねじ曲がって伝わっていく、こう言うと身もふたもありませんが、実は生徒たちのことだけではなさそうです。テレビ画面の中などでもよく見かける光景ではないでしょうか。政治でも経済でも芸能でも、一つことに対して、どれだけ正確に情報が伝えられているか、それを見抜く力を身に付けて、当館の元気な生徒たちには大人になっていってもらいたいと思うばかりです。
これを書いている間に、一人の生徒がやってきました。授業にはまだ早い時間です。彼女はきょとんとして質問をしてきました。「テスト、今日じゃなかったんですか?」…だからテストは、明日なんだってば。
(10.2.10)