昨日のお昼過ぎのことです。当館の階段を上がってくる音が聞こえました。誰だろうと思って入口まで行ってみると、そこにはよく見知った親子がいらっしゃいました。いや、見知ったなんて距離感のある親子ではありません。つい数週間前まで公立高校入試へ向けて毎日当館で頑張っていた生徒さんと保護者の方でした。
笑顔で館内へお迎えし、椅子に座っていただいたものの、こちらの気持ちの身構えが解けません。実は、この生徒さんの公立高校の合否だけ、分かっていなかったのです。瞬時にいくつかの場面が頭の中をよぎりました。しかし、そんなこと考えたって、何の役に立つわけでもありません。余計なことは考えず、何があってもそのまま受け入れようと気持ちの置き場を据えました。
保護者の方の口から発せられた言葉は「おかげさまで、進路決まりました。」でした。そう、この生徒さんは、第一志望の公立高校へ合格していたのでした。ここで、やっと少し前まで想定していたいくつかの映像はすべて消え、ホッと安堵の気持ちをいただくことができました。思わず「良かった」と言葉を口にしていました。
およそ十日前にあった公立高校合格発表当日は、午後から電話が鳴ったり、ご報告にお越しいただいたりで、あわただしくしていました。幸いにも朗報ばかりが届けられ、少しずつ肩の荷を軽くしていただいていました。それに、生徒さん一人ひとりに少なからぬドラマがありますから、心の動く場面を生徒さんや保護者の方たちと共有する、そんな半日を過ごした日だったのです。
そんな中で、ずっと気がかりでした。その生徒さんは、これまでずっとコツコツと学習に取り組んできて、心配しないといけないような学力でもありません。むしろ、心配とは縁遠い状態で当日を迎えた生徒さんです。かえって「どうでしたか?」と誰にも質問を発する機会を失して昨日までを過ごしてきたのでした。聞けば、数日前に親子で当館へお越しいただいていたとのこと、あいにくの不在時で朗報をいただくのが数日延びてしまったのでした。何とも申し訳ないことと思うばかりです。
公立高校入試日の二日目から、それまでの春の陽気は一転して冬の冷気が舞い戻ってきていました。いやでも身が引き締められ、その後も春と冬の競り合いは一進一退を続けながら、3月半ばを過ぎても、冬の退場を見届けることはまだできていませんでした。先の親子の訪問を受けた日も館内には冬の冷気を残していました。安堵の温もりをいただき少しばかり歓談をした後、その仲の良い親子は笑顔で帰っていかれました。
階段を下りて外へ出てみると、まだ肌寒い空気ながら少しばかり優しさが伝わってくるようでした。見上げれば青空が見えていました。2010年度の春がやっと微笑みかけてくれたように感じました。また、いろんなドラマと出会うことができますように。
(10.3.26)